先日「コドモを怒っちゃダメ?!」
という記事を書きましたが
ちょうど今図書館で借りている本に
タイトルの一文を見つけました
ワタシが感じていることを
言葉にしてくれたようで
嬉しかった
その本は
『よい親でなくとも子は育つ』
毛利子来
(もうりたねき、小児科のお医者さん
たねきさんと読むんですね
今まで知らなかった…
たねき→たぬき先生と呼ばれていたそうです
2017年87歳で亡くなられました)
(以下要約)
カッカしているときは、こどものいいぶんなんて聞いていられない。腹が立ったら、感情的に怒ればいい。頭にきているのに、冷静にしかるなんて、説教くさい。そして、ちょっと冷静になったら、こどものいいぶんも聞いてやったらどうだろう。
そもそもぼくは、しかるより怒るほうが好き。しかるとは、なにかの価値観にもとづいてしつけようとする、つまり教育的意図が強い行為。なんとも、うさんくさいし、こどもにとっちゃおしつけられている感じがする。だいいち、大人社会の価値観の方が正しいかなんて、わからない。
だから、そのときどきの感情とか事情でしかってよい。同じ母ちゃんでも、機嫌によって怒るときと怒らないときがあるんだなってわかるほうが、こどもはよっぽど人間理解を深める。家族の中でも、しかり方はバラバラでいい。母ちゃんも父ちゃんもみんな同じようにしかるなんて、そんなことできるはずない。
しかるって理屈っぽい
誰かが決めた価値観を押しつけてる
感じがする
怒るって
人間らしい
誰かが決めた価値観でなく
親が
腹が立つ
悲しい
おもしろい
楽しい
感動する
という心の動きを
コドモに伝えるのが
子育てじゃないかと思うんです
コドモノミカタワタシノミカタ
子育てをがんばるアナタノミカタ
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